香川にやってきました!②

金比羅本宮

2017年8月4日
あこがれの金比羅さんに詣でた。テレビ番組、ブラタモリで見てから行きたいと願っていた。だが、仕事の合間の数時間で果たして行けるのか?空港から直行便もあるようだが、だいたいスーツケースはどうする?諦めていたのだか、行きの飛行機で気が変わり、やはり金比羅さんに行くことにした。
駅のコインロッカーに荷物を預け、腹ごしらえの讃岐うどんをいただき、さっそく歩き始めた。
先ずは大門から785段の階段を登り、 御本宮を目指す。途中の書院で円山応挙の襖絵を堪能。本宮に着く頃には、暑さもあり、大分疲れてしまった。ここで帰るか悩んだが、おそらくは一生に一度の金比羅さん詣で。諦めずに奥宮を目指すことにした。923段の白峰神社は崇徳天皇とその母、待賢門院 を祀る。平家物語に語られる悲しみに満ちた生涯の崇徳天皇。渡辺淳一さんの小説で待賢院門の数奇な人生を知った私は、この神社にしみじみとお祈りを捧げた。さて、息がだいぶ上がっていたが、更に上をめざす。もう、登山です。ようやく1368段の奥宮に到着したときは、汗だくで足も棒のよう。だが、神秘的で厳かな雰囲気、街や瀬戸内海を一望できることに大満足だった。
白峰神社 奥宮

金比羅さん眺め

江戸時代から庶民に愛される、ご利益溢れるところ。金比羅さんのパワーでこれからの人生も幸せに過ごしたいものだ。

鎌倉 雨上がりの旅① 禅寺めぐり

2016年10月21日
 雨の煙る三連休中日、鎌倉禅寺を巡り歩いた。鎌倉はひところは毎月訪れていた大好きな街。親戚も住まうので、親しみもある。同じ古都でも京都の優美さとは異なる、質素でコンパクトな街である。気の合う友人と、御朱印帳を携えて北鎌倉から金沢街道まで、合計2万歩あるいた。ちょっとした巡礼の旅である。
 まずは北鎌倉駅で降り、円覚寺、秋花の咲き乱れる縁切り寺東慶寺、鎌倉五山第一の建長寺を訪れた。禅寺には、しっとりと雨がよく似合う。(ジーンズの裾はドロドロだが・・修行と思えばこれまたおつなものか・・・)
円覚寺山門を望む 東慶寺の秋明菊 建長寺の山門
 鶴ヶ岡八幡宮を曲がり、金沢街道に向かう。と、塀の上をりすがすばしこく走りながら先導してくれる。神仏の使いが、迷える私たちを導いてくれるようではないか。そして、庭が美しい浄妙寺、竹林が清々しい報告寺へと歩く。
八幡宮近くのリス 浄妙寺の庭 報告寺
 報国寺には、十月桜が控えめに、だがしっかりと美しく咲いていた。巡礼の最後を締めくくる、素敵なプレゼント。
報告寺の十月桜
 半日の駆け足で巡り歩いた鎌倉の禅寺。一つ一つはゆっくり丁寧にお参りしたが、やはり慌ただしい感はあった。友人と共に、次回はどこかのお寺でじっくり座禅を組む計画を立てた。

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→浄妙寺浄妙寺 原節子さんの思い出

テーマ : 古寺巡礼
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ツツジ咲く筑波山神社

2016年5月3日
 連休前に、旅の安全を祈るため、筑波さん神社に詣でた。丁度色とりどりのツツジが咲き初めて、華やかで美しいお参りとなった。

ツツジ1ツツジ2ツツジ3ツツジ4

 平日の筑波山神社は空いていた。ゆっくりとツツジを愛で、お祓いをする人の太鼓の音をじっくりと聴き、何度も境内を歩いた。
 
 境内には、厳島神社の分霊も祀られている。
筑波山厳島神社

 由緒ある筑波山神社。自宅から30分でお参りできる、最も身近な神社だが、実家の神社のような愛着はない。生まれ育った土地ではない、だがおそらく、これからずっと身近な神社。こうして何度も訪れれば、少しずつなじんでいくのだろうか。

テーマ : 神社・仏閣巡り
ジャンル : 旅行

早春の筑波寺社巡り

一乗院と梅
2016年2月9日
 週末に筑波山の麓にある小さな寺社を巡り歩いた。梅の香りの漂う中、大きな有名寺社とは異なる、静かな寺社を堪能出来た。
 まずは、北関東三十六不動尊霊場第32番札所である一乗院へ。
一乗院 山門
小さいが、歴史を感じさせる山門。すり減った急な階段を上ると、古い本堂がみえた。現在は新しい建物になっているようで、黄色い建物がすぐ横にある(最初の写真)。雷除けと記されている、古い巨木などもあり、由緒正しい印象である。807年の開山ということだ。
雷封じ

 
 丁度お昼ご飯の時間となり、近くにあった蕎麦屋でランチ。自然薯が自慢の店らしく、自然薯そば、とやらをいただいた。蕎麦は粗切りで香りが少なく、あまり好みではなかったが、自然薯は粘り強く、大地の香りと味わいで、本当に美味しい。
自然薯そば


 次いで訪れたのは、慶龍寺。寺には泉子育て観音と記されている。本尊は、807年、弘法大師・空海が京都で彫ったものと伝えられる。2月11日が例大祭ということで、祈祷の人が複数人いらしたようだ。例大祭とは、その神社で行われる最も重要な祭祀のことを言うとのこと。恥ずかしながら、今回調べていて、初めて知った言葉。

慶龍寺

 昔小田城と呼ばれた城跡周辺にも少し足を伸ばした。鎌倉時代にこの地を治めた小田氏の居城跡である。その近くにも小さな寺社がひしめくように存在していた。長久寺という小さな寺には、鎌倉時代の古い灯籠や鐘撞、そしてなんとも素朴で温かい表情のお地蔵さまがあった。
長久寺の地蔵


 ふと見やれば、いずれの寺社も筑波山をあがめ奉るような場所にある。山自体がご神体。仏教の寺院とは祈りの対象が異なるかもしれないが、それでもやはり雄大にそびえる筑波山を取り囲むように、多くの寺社が存在することに、何か意味を感じずにはいられない。素朴で小さな、だが古い歴史をもつ寺院の様子に、しみじみとした思いを抱いた。

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真田幸村 ゆかりの寺 宮城県白石市当信寺

当信寺

2016年1月29日
 不振続きのNHK大河も、今年は好発進のようである。やはり大河は戦国ものが面白い。ましてメジャーなヒーロー、真田幸村の大河ドラマ、三谷幸喜さん脚本で堺雅人さん主演とくれば、いかにも楽しそう。今のところ、父、真田昌幸役の草刈正雄さんの剛胆ながら諧謔混じりの演技と、おとぼけ役者、大泉洋さんのまじめくさった演技に魅力を感じている。
 真田幸村には格別の思いが私にはある。なんとなれば、故郷、宮城県白石市には、幸村の娘、阿梅(おうめ)の墓があるからである。白石のかつての城主、片倉小十郎の後妻なのだ。大阪夏の陣で死期を察した幸村が、大切な娘阿梅らを、なぜか敵方である伊達政宗一の家臣、片倉小十郎に託した。阿梅とその妹、そして幸村の息子である大八は、ひっそりと上田から離れた白石市で生き延びた。その墓が、白石市当信寺にある。
 阿梅の墓は、如意輪観音像を形作っている。立ち膝にほおづえをついているような恰好だ。生きる人々を救うために苦悩する姿を表すのが、この如意輪観音像である。苔むし、風雨と信仰する多くの人の手によって削られた石。像の表情はもはやほとんどみえない。上田に焦がれるように、街道近いこの寺に阿梅の墓は作られたという。父を戦で亡くし、遠い東北の地で、それでも阿梅は片倉小十郎と幸せな人生を過ごしたらしい。一体どんな女性だったのだろうか。歴史の記述は少ないが、美しく、聡明でしなやかな女性を彷彿せずにはいられない。
 そんなゆかりのため、白石には真田幸村の墓がひっそりと佇んでいるらしい。まだ行ったことはない。大河ドラマ「真田丸」で盛り上がる2016年。上田や高野山あたりはきっと混雑するだろう。私はひっそりと、白石にある真田幸村ゆかりの場を巡ってみようと思う。

阿梅・大七の墓

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Author:bordeauxlyon
のびやかな筑波山の麓に在住。ガーデニングとワイン、旅が生きがい、そして趣味は美術館巡りと短歌です。
美しい花や自然、アートに満たされた日々で、心地よい豊かな日々を過ごしたいと思っています。
花と画家のなかでも大好きなクレマチス、マティスを冠して、日々の暮らしについて語ります。

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