桜と春の心

2014年3月31日
昨日の冷たい風雨に桜の花はどうなることかと心配したが、今日は美しい青空に咲き初めの桜が良く映えてうきうきする一日となった。

世の中に絶えて桜のなかりせば春の心はのどけからまし 古今集 春歌上五三

この季節、在原業平の和歌を思い起こすのは私だけではないだろう。桜前線や毎日の天気で桜の開花にやきもきするのは、今に始まったことではない日本人の心の在りようだ。
最近この在原業平に私は関心を深めている。昨年からゆっくり何度も読み返している馬場あき子さんの「日本の恋の歌~貴公子たちの恋~」(2013年角川文芸出版)の影響が大きい。馬場さんは、「色好みこそ日本文学を貫く大きな芯(2013年4月23日朝日新聞夕刊)」、として身分や不幸な境遇を超えられる恋歌の世界を、格調高い美文で深く明快に論じている。業平と言えば、高校の伊勢物語を学んだときから気障なプレイボーイという認識だった。天皇の許嫁や神に仕える斎宮など禁断の女性との恋愛に生き、多くの歌を詠み上げた男性。しかし、改めて彼の歌を口にすると、その調べの美しさやドラマティックさに心をとらわれる。禁忌の恋に情熱を捧げたひとの生き方が、四季の様々な情景と切なく調和している。色好みとは単なる好色ではないという馬場さんの熱く丁寧な解釈は本当に素晴らしいと思う。
淡い淡い桜色の花びらは、青空に清純さを添えて今日咲き初めていた。しかし、桜の美しさは徐々に満開となり夜には切なくまた妖艶ささえ感じさせることだろう。全く桜がなければ、もっと春の心は穏やかに過ごせるというのに、今年も様々に思い乱れそうである。


旨みたっぷり蛸の刺身

2014年3月30日
昨夜は魚市場から買ってきた生の蛸をいただいた。ゆで蛸も売っていたが、せっかくだから新鮮なものを生でいただきたい。帰宅してさっそく太い足を捌いた。直径5センチ、長さ20センチほどの大きさで、吸盤も大きい。まな板に向かって奮闘していると夫が吸盤も出してくれと言う。いつだったかお寿司屋さんで蛸の刺身を頼んだときに、吸盤だけをいただき美味しかったことを思い出したのだ。早速別に切って盛りつけた。お気に入りの黒い平皿に盛ると、透き通るような美しい白い身が映える。陶芸を趣味とする友人がプレゼントしてくれた大切な平皿だ。
身は柔らかく、甘みと旨みがたっぷりで美味この上ない。そして吸盤はコリコリと歯ごたえがあってこれまた美味しい。二人で美味しいを連発してひたすら食べた。山葵醤油、塩とレモン、バジルとオリーブオイルと三種類の味で楽しんだ。どれも美味しい。スペインのスパークリングワイン、カヴァと併せてぱくぱく食べた。
蛸は年中出回るが、冬から初春が旬と言われている。一見グロテスクな見た目の蛸を食べる国は少ないそうだが、日本もスペインも蛸をよく食べる。そんな微かなつながりも、私にとっては食事とワインを組み合わせる楽しみとなる。三月最後の週末、大満足の夕食だった。

蛸の刺身2014春

虚空蔵堂参り

2014年3月29日
茨城県東海村にある虚空蔵堂に詣でた。あたたかな春休みの週末だからか、道路は少し混雑していたが、車窓から見える早春の花木、農閑地にホトケノザやナズナが咲き乱れる茨城ののどかな風景を楽しみながら、稼働していない原発の街に向かった。
虚空蔵堂は弘法大師によって創建されたという歴史ある寺社だ。十三詣りという十三歳(生まれ年の干支が初めて戻る歳)に開運を祈願する行事の時期だったようだ。中学生とおぼしき人々とその家族が多く参拝していた。隣にあった茨城の一宮、大神宮にも参拝した。
近くを歩くと、佐藤佐太郎の歌碑があった。宮城県(我が故郷白石の隣町、大河原町)に生まれ、茨城県(平潟)に移住したアララギ派の歌人で、斉藤茂吉の弟子だった人らしい。16歳の時に斎藤茂吉の歌に感動した私は、この出会いが嬉しかった。

のど赤き玄鳥(つばくらめ)二つ梁にいてたらちねの母は死にたまふなり 茂吉

ちょうど最愛の祖母を亡くした日、この歌のように我が家にもツバメがやってきた。愛する人を亡くすという自分の重要な出来事にあっても、自然の営みは淡々と粛々と繰り返されていくのだと感じ涙を流した。大切な存在の喪失に哀しみを感じつつも、ひたすらにただ生きようとするツバメの姿におおらかな力を感じ、自分たちも悠久の自然の中にただひたすらに生きる存在なのだ、死はその過程のごく自然なことなのだと思った。哀しみと摂理、そんなことを感じさせた短歌だった。
故郷と定住地を同じくする歌人が斎藤茂吉の弟子であるというつながりが、なんとなく嬉しく感じる春の寺社詣でだった。


羽生君、おめでとう

2014年3月28日
フィギュアスケート世界選手権は、宮城県出身の羽生君が逆転優勝を飾った。おめでとう!
2位の町田君も、素晴らしい火の鳥を演じてくれて、二人の争いが見どころの選手権だった。
羽生君は4回転を始めとするジャンプも素晴らしいが、フリーの演技でポーズするイナバウアーが私にとっては印象的だ。トリノオリンピックで荒川静香さんもこだわりを持ってポーズしていた技だ。
ソチオリンピックで羽生君が優勝を決めたとき、感動して詠んだ。

イナバウアー加点なくても優美なり君は込めるよ東北への思い aya

荒川さんも宮城県出身である。イナバウアーは競技として得点にはならず、失敗したら減点対象となる技だ。私は羽生君が荒川さんへの敬意を込め、さらに震災後の東北へ思いを込めて滑っているように感じた。ちょうどプログラムがフィナーレを迎えようとする頃のポーズに、毎回涙が浮かんでくる。

羽生君イナ

桜味のクッキー

2014年3月28日
昨日思いがけず職場の二人の女性から「これ、可愛いのを見つけたので・・」と控えめな口調でクッキーをいただいた。そういえば、バレンタインデーにお世話になっているお礼にとチョコをプレゼントしたことを思い出した。本当にサプライズで嬉しかった。
事務作業のサポートをしてくれるこの女性達には、いつも感謝でいっぱいだ。プレゼンの準備のため突然のコピーを依頼すれば、細かい配慮を加えて完璧に準備してくれる。面倒なモノの準備や管理をいやな顔一つせず引き受けてくれ、果ては上司のスケジュールやご機嫌に至るまで親切に教えてくれる。今や仕事を円滑に行うため、彼女らは不可欠な存在だが、ありがとうと言っても、いえいえとんでもございませんと控えめに微笑むのみだ。秘書役として事務作業を柔軟に丁寧に、完璧に行ってくれる存在が組織にとってどんなに重要か、案外当事者達は自覚していないかもしれない。

ピンク色のクッキーをかじると、ほんのり桜の香りがした。桜の葉が混ぜ込まれているらしい。優しい味だ。この日は20時過ぎの遅い帰宅だったが、一保堂の煎茶を淹れて丁寧にいただいた。二人は桜の季節を間近にし新人を迎える準備に奔走しているが、相変わらず私の面倒も丁寧に見てくれる。一服と共に、再び彼女らの優しさに感じ入った。

桜クッキー

春の白ワイン女子会

2014年3月27日
先日、職場の気の合う仲間とホームパーティをした。フランス車に乗るM、ツールドフランスが好きで現地に応援に行くT、そして彼女らと同級で私の大切な妹分Aである。もちろん皆ワイン好き。私と夫と計5人集まれば、3,4本のワインが開けられると踏んだ私は、かねてよりやりたかった白ワイン味比べを試みた。
フランス産の、異なるブドウ品種の白ワインを同時に味わいたい。そう考えたのだ。代表的なブドウ品種なら飲めばだいたいわかる。しかし、同時に試すなどということは複数人集まらないと、ボトルを開ける気になれない。しかもその複数人はワイン好きでなければならない。絶好のチャンスを前にして、私はフランス産の代表的白ブドウ品種である、シャルドネ、リースリング、ミュスカデ、ゲビュルツトラミネールのワインを買った。本当はソーヴィニヨンブランという品種のワインもそろえたかったが、売り場になかったのであきらめた。ちょうど買い物を終えたとき、Mがパーティ楽しみですねとメールをくれた。楽しい偶然である。
当日、そのMはワインを1本持参してくれたのだが、それがサンセールという名のソーヴィニヨンブランのワインだった。なんという偶然!私は大喜び、大喜びの理由を聞いたM、Tも大喜び。楽しい幕開けとなった。
早速サンセールをいただいた。ハーブの香りがすがすがしい。ソーヴィニヨンブランには通称猫のおしっこという特徴的な香りもあり、わかりやすい。魚に合うと言われるが、しっかりした味わいもあったのでハーブをまぶしたチキンのグリルにもよくあった。さあ、他のワインも飲み比べて・・と思っていたのだが、実は後のワインの記憶はもうない。
なにしろ気の合う女たち、そして皆同じ中間管理職である。話に夢中になってしまったのだ。どんどん飲んで、ワインはあっという間に4本なくなった。だが私が試したかった味比べはしないままだった。
でもまあ、飲みながら6、7時間はしゃべり尽くしたろうか。やっぱりワインは人を饒舌にさせる飲み物だと、いつもの感想をつぶやいて、大満足でパーティを終えた。

ミュスカデとリースリング

薪ストーブ

2014年3月26日
この日曜日、冬に使った薪ストーブの終い支度をした。11月に使い初めするときには、シャンパンを開けてお祭り騒ぎをするのだが、終い支度はなんのイベント性もなく寂しい限りだ。今夜は少し寒い。そんな時は薪ストーブが懐かしくなる。
家を建てるときにどうしても薪ストーブが欲しくて、しぶる夫と粘り強く交渉しながらついに勝利した。火をおこすには結構こつが必要だし、薪を足し忘れたり、薪の間に適当に空気の通り道を作ってあげないと消えかけてしまう。見た目は素敵だが、結構面倒な代物だった。写真のように炎が出ているようではあまり熱効率はよくないらしい。おき火といって、炭が燃えるように薪が赤々となっている状態が、最も暖かいのだ。その状態をつくり、保つには結構大変で、未だに上手に管理ができない。
設置するときも、安全のため壁からどれくらい離して設置すればよいか、最も重要な煙突はどうすればよいか、・・悩みはつきなかった。今も薪をどのようにして入手するかは悩みどころだ。だいたい、燃やし始めの焚き付け用と長時間燃やす薪は違う種類を用意しなければならない。
それでも火が揺らめく様は癒やしになり、仕事で疲れたときなどにじっと眺めているとそれだけでうれしくなってしまう。もう一生薪ストーブのない生活はできないと思う。震災の時、びくともしなかった上に停電のなかしっかり暖房器具として活用できた事実も、薪ストーブへの愛を高めている。
今夜も仕事で疲れたが、もう薪ストーブは使えず寂しい。冬は嫌いな私だが、春が近づき、薪ストーブが使えなくなることだけは残念な限りである。


薪ストーブ

グルメなヒヨドリ

2014年3月25日
我が家の庭には鳥のえさ台を設置している。自然界の食べ物が減る冬だけ餌付けをして、窓から鳥を眺めて楽しむのだ。
最もよく来るのはヒヨドリだ。ギャーギャーと鳴き叫ぶし、他のキュートな鳥を追い払うので、最近私はあまりヒヨドリが好きではない。
夫はそんな私に批判的だ。最初はヒヨドリが来ただけで喜んでいたのに自分勝手だと、私の代わりにせっせと果物を置いている。スキーの帰りには野菜直売所でちょっと傷んだリンゴを買ってきたり、自分の朝食用リンゴを食べずに置いたりと健気なほどだ。理系人間の夫は、実験や観察も好んで行う。イチゴ、キウイ、マンゴーなどをこれまで試してきた。なかでも最もすごかったのは、昨年に見たバナナを食べたヒヨドリの反応だった。
おそらく初めての体験だったのだろう。窓から観察していたら、最初はおそるおそる突いていた。しかし、一口食べてまさに感動したのだろう、すごい勢いでガツガツと食べ始めた。飲み込んだあとは斜め上空を見つめて呆然としていた。そしてまたガツガツと食べ、目を大きくして顔を何度も振っていた。狂喜乱舞とはこのことよと、夫と二人で大笑いした。いったい鳥に人間と同じような味覚はあるものなのだろうか。ちょっと分野は違うが、知り合いの昆虫学者に尋ねてみた。人間ほどではないがそれでも味覚はあるということで嬉しくなった。バナナを食べるその姿は、明らかにリンゴやミカンへの反応と違う。喜ぶヒヨドリを観察してから夫は自分の朝食用バナナも時々置くようになった。写真は昨日の朝の様子で、バナナを食べて大喜びしているヒヨドリだ。
暖かくなってきたので、そろそろ鳥のレストランも休業しなければならない。そう私に諭されて、ちょっと哀しげに夫は最後のバナナを置いていた。

ヒヨ大喜び

友人と春の味覚を・・

2014年3月24日
先日、友人と共に湯島の美味しい店にでかけた。カジュアルフレンチとたっぷりのワインが味わえる私好みの店だ。春の味覚であるタケノコをこんがり焼いて岩のりのソース、菜の花を添えた一皿を、白ワインと一緒にいただいた。ほろ苦いタケノコはとても香しく岩のりも風味があってお似合いのソースだった。和食ならタケノコとわかめを優しく煮含めたものが美味だが、ワインのミネラルにはしっかり個性をプラスした味の方が合う。そのほかにもたくさんの美味を堪能した。この店は、食事もさることながら、たくさんのグラスワインがたっぷり味わえるのがよい。通常レストランなどではグラスワインは750mlのボトルから6杯程度とるものだが、ここはなんと4杯取りなのだ。もちろん、いつ来ても満員で予約が欠かせない。
管理栄養士の資格を持つ友人は、「食育」に一家言持ち、日々奮闘している。かくいう私も、夢はアーリーリタイアしてこじんまりした料理教室を開くことだ。食の大切さについて二人で延々しゃべり尽くした。彼女は「食は思い出の積み重ね」だという。私もそう思う。日々、楽しさや味覚、だれと一緒に味わったかを積み重ねていくことが大切だと思っている。そんな思いを共有して、私たちもまたこの日、春の美味と思い出を積み重ねることができた。


ぱぱん

信州上田と宮城白石の繋がり

2014年3月23日
2年ほど前から寺社巡りをして御朱印をいただくようになった。ひと月に一つは御朱印をいただくのが私の目標となってている。いや、本当はスタンプラリーのごとく御朱印をいただくのはよくない。寺社の由来や歴史に思いを馳せながら、心を込めてお参りするのがよいと思っている。しかし根が真面目でコツコツ努力する性質の私は、課題?が課されると俄然がんばってしまう。かくして月一回以上は御朱印帳集めもとい、寺社巡りを重ねることとなった。
昨年の御朱印帳を眺めていたら、故郷宮城県白石市にある神明社と、長野県上田市の真田神社が隣り合っていることに気付いた。神明社は伊達政宗一の家来、白石城主である片倉家の崇敬社であった。真田神社は真田幸村を祀っている神社だ。なんという偶然だろう。小さな秘話だが、大阪夏の陣で敵方であった片倉小十郎と真田幸村には女性への愛にまつわる繋がりがある。1615年5月6日、豊臣側の敗北と自身の死を予感した真田幸村は、敵方であるはずの片倉小十郎に愛娘の阿梅(おうめ)を託したのだ。その後阿梅は妹や弟とともに白石にかくまわれ、片倉家の後妻となって生きた。白石には彼女らが設けた真田幸村の墓があるのだ。
このエピソードを私は東北新幹線白石蔵王駅に掲げられた紙芝居様のポスターで知った。「戦国武将ゆかりめぐり旅 政宗公と幸村公(プロジェ・ド・ランディ著、双葉社2010年)」によると阿梅の墓は、白石の当信寺にある。私が毎日通っていた小学校のすぐ裏手にあるのだ。それ以来、帰省のたび当信寺も訪ねるようになった。二つ隣り合った御朱印を眺めていると、歴史のなかに哀しくもしなやかに生きただろう女性の運命を感じて切なくなった。

真田神社・神明社 (1)
プロフィール

bordeauxlyon

Author:bordeauxlyon
のびやかな筑波山の麓に在住。ガーデニングとワイン、旅が生きがい、そして趣味は美術館巡りと短歌です。
美しい花や自然、アートに満たされた日々で、心地よい豊かな日々を過ごしたいと思っています。
花と画家のなかでも大好きなクレマチス、マティスを冠して、日々の暮らしについて語ります。

最新記事
月別アーカイブ
カテゴリ
カウンター
フリーエリア
フリーエリア
フリーエリア
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
QRコード
QR