京都に行こう④ 淀君とお江の願い 養源院

2014年11月3日
 東山区の養源院を訪れた。俵屋宗達の杉戸絵が目当てだった。また、養源院は豊臣秀吉の側室である淀君が父の浅井長政の菩提を弔うために1594年に建てた寺であり、一度火事で焼失した後、淀君の妹であり徳川秀忠の妻お江により再建された寺。幾多のテレビドラマや小説で有名なお市の方とその三人の娘たち。織田信長から豊臣秀吉、徳川の世への激しく変化する歴史の中に生きた女性たちの生き方に、以前から興味を抱いていた。宗達の絵、そして姉妹の思いに触れることを楽しみに出かけた。
 三十三間堂のすぐ向かいにある寺である。静かな門のたたずまい。
 養源院の門
 境内を歩いていると、脇に何種類かの椿(サザンカ?)がしっとりとした趣で咲いていた。
養源院のサザンカ
 本堂の中に拝観受付がある。浄土真宗だから御朱印はないかもと思いながら確認すると、すでに書かれた御朱印が用意されていて、受付の女性が日付を入れてくださった。

 女性はまた、本堂廊下にも赴き、長い竹を持ちながら関ヶ原の前哨戦で自害した家康重臣の血痕が残る天井板について説明してくださる。黒っぽく残る痕に切腹時の姿勢や様子を丁寧に解説していただいた。何十人もの参拝客で一緒にその凄惨な歴史を拝聴した。
 養源院
 あいにくの曇り空のため、本堂廊下は薄暗い。目当ての俵屋宗達の杉戸絵は暗い中で十分に見えなかった。それでも二頭の白い象はユーモラスで、とても江戸時代に描かれたものとは思えない。親子象のようだ。養源院に入ってすぐの参道脇には、この白象のポスターが貼ってあった。来年2015年は、琳派400年記念だとか。琳派の絵画展など期待ができそうだ。
琳派400年ポスター
 お市の方から淀君、お江へと続く女性の生き方をしんみりと感じたかったが、ツアーのようでちょっと慌ただしい拝観となった。自宅で本を確認すると、お江の方が養源院を再建したいと願ったとき、徳川の幕閣からは反対意見が出たそうである。豊臣家が建てた寺を徳川が再建するなどあり得ない、と。そこで関ヶ原の前哨戦で自刃した徳川将兵の霊を弔う形で、その血で染まった床板を天井にあげることになったという(「歴史群像シリーズ特別編集 【決定版】図説戦国女性と暮らし」佐藤香澄編 コラム 「戦国の風景 『養源院』淀殿・お江・和子が紡いだ慰霊の願い」より 吉水一成 2011 学研)。
 慌ただしく寺を去ったため、院内にあるはずのお市の方供養塔、お江の石塔墓を見逃してしまった。もう一度、ゆっくり訪ねなければ。ちなみに養源院から10分ほど歩いたところには、豊臣秀吉を祀った豊国神社、大坂夏の陣勃発の原因である「国家安康・君臣豊楽」が刻まれた梵鐘がある方広寺があり、淀君の人生に思いを馳せることができる。

テーマ : 神社・仏閣巡り
ジャンル : 旅行

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Author:bordeauxlyon
のびやかな筑波山の麓に在住。ガーデニングとワイン、旅が生きがい、そして趣味は美術館巡りと短歌です。
美しい花や自然、アートに満たされた日々で、心地よい豊かな日々を過ごしたいと思っています。
花と画家のなかでも大好きなクレマチス、マティスを冠して、日々の暮らしについて語ります。

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